2009年03月26日

メメント・モリだ

  昨年末からまことに心臓の具合が悪く、アップも一月に一回にもならぬ始末だ。そんなわけだから、今月の中旬に、たった一人しか居ない弟が急逝しても、通夜、葬儀には行けないと思った。だが、倒れてもかまわぬ思いで行ってきた。

  「おくりびと」のようなセレモニーが続く中、俺はまさに揺れ動いていた。俺の両親を亡くしたのは今から、40年以上も前のことだから、肉親の喪失が、これほどの悲しみをもたらすとは、忘れ果てていた。今日はこれだけだ。

  『メメント・モリ』なんていうことを、ブログに書いたりしていたが、考えてみればそれは観念に過ぎなかったことを痛感した。帰京して今でもまだそのショックから立ち直ることが出来ないで居るのが情けない。
posted by シャノン at 20:24| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

年初というにはあまりにも遅いぼやき節

  昨年の12月から何も書いてない。その理由などはいくらでも考え付くけれども、本当のことを言えば、どうも健康状態が悪くて、とても書ける状態ではなかったと言うべきだろう。

  ジェームズ・アレンを気取るわけではないが、「原因と結果の法則」はシビアなもので、現実の世界というものは、自分の思考が現実化したものにほかならぬと思うと、やはり自分の現状については、自分が責任を取らねばならぬ。

  ブログをサボっている間に、世界はえらいことになりつつある。勿論わが国もその例外ではない。ではあるが、米国の凋落傾向は、あまりにひどすぎる。宗教に関する原理主義が、政治に絡んでくると、ろくでもないことになるという好例である。

  藪医者ならぬ藪大統領は、やはり史上最低の大統領ということになるだろう。その尻馬に乗っていたわが国の、リトルスプリング首相などは、やはりこれまた、後世から、最悪の政治家と評されるかも知れぬ。

  というようなぼやき節で、本年のブログ書き初めとするしかないが、物は考えようだ。戦時中に比べれば、これでも何倍も良い訳なのだから、文句は言わず、感謝々で日々を送るのがベストであろう。
posted by シャノン at 20:28| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

現代の公害企業

  「現代の公害企業」と題して、本日の東京新聞の夕刊の「本音のコラム」に、鎌田慧氏の論評が載っていた。感銘を受けた。というのも、氏は、公害企業とは、「社会的費用」を自己負担せず、外の社会に押し付けて平然としている組織体を言うのだとしているようだ。

  まことにその通りであり、ただ外部に押し付けるものが、昔は水銀であったり、カドミウムであったり、あるいは2酸化炭素などであったものが、今ではそれが、派遣労働者であるというだけのことで、その意味では、昨今の派遣労働者首切り企業はまさに公害企業そのものである。

  そういえば、ほんの少し以前に、看板方式なる生産技術で一世を風靡した?企業もあったやに思うが、あれは要するに、自己が負担すべき「空間・時間」を、高速道路や下請けに押し付けていたに過ぎない公害企業だということにほかなるまい。しかしそのかつての経営者が、のうのうと別の地位に納まっているのがなんとも厚かましく思えるのだ。
posted by シャノン at 20:56| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

病院のはしご

momiji.jpg  先週の水→木→金と、3日続けて各種病院を梯子した。さすがに疲れた。只でさえ出かけると疲れるのだから、病院で、何時呼ばれるのかと、混雑した、硬い椅子の上で辛抱強く待つのは、一種の拷問でもある

  だからといって、スケジュールが立て込むと、こういうこともあるわけだから、辛抱が肝心と思いはするが、年をとるとその辛抱が出来なくなって来て、心身にむしろ異常をきたすことがあるのだ。

  忙中閑ありと、心に余裕を持たねばならぬと考え、庭園の紅葉を見てきた。12月の初旬ともなれば、東京でもさすがに綺麗に焼けていた。やけていたという表現を俺は好まぬ。燃えていたといったほうがよいだろう。

  その時撮ったつたない写真を載せて、それでも未だ晩秋・初冬という風情が伝えれれればと思いたい。もみじの葉っぱを2,3枚拾ってきた。栞にしてみよう。


posted by シャノン at 06:49| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月30日

俺は不可知論者?

 
分かろうと思うな。

知ろうと思うな。

そうすれば生きられるのだから。
posted by シャノン at 05:51| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

日乗はおこがましい

 暗号亭日乗』などというタイトルにしてしまったが、途切れ途切れのアップでは、まことに心苦しい。いわんやかの有名な荷風先生の『断腸亭日乗』にあやかろうなどという助平根性が丸見えで、我ながら嫌になってきた。

  又検索をしてみると、『○○亭日乗』なるブログは随分と存在するらしい。ますますタイトルの変更を考えるべきと思いはしたが、恥の掻き捨てと割り切って、そのままにしておくことにした。別に世間様に大っぴらに公表しているわけでもなく、又アクセスも自分だけのようだから、別にそれでいいと思うのだ。それでいいのだ!

  てなわけで、これからは心を入れかえて、格調は低空飛行でもかまわないから、屁の様な日乗をアップしていくことにした。だからといって毎日アップということは出来ないことを保証する。つまらない保証だけれども、これは自分のことだから確かだろう。それでいいのだ!

posted by シャノン at 06:46| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月23日

単なる経過に過ぎないのだ

  先日カウンターの数字が、【7777】と並んだので、何かの吉兆かも知れぬと書いたが、このブログは,自分以外は殆どアクセスしないのだから,単なるアクセス回数の積み重ねに過ぎず、必然なる現象に過ぎなかった。

  その証拠というわけではないが、最近の社会現象にはろくなものがない。困ったことだと嘆いてみても仕方のないことである。そのような方向に、世の中が流れていくのであるからどうしようもないことだと諦めるのがいいのだ。情けない態度かも知れぬが、それが現実というものだ。

posted by シャノン at 07:09| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月18日

良いことが有るかもね

  何の気なしに自分のブログを見てみたら、カウンターの数字が、【7777】となっていた。これにはぶったまげた。こんなことがあっていいのだろうかと思いはしたが、フライング気味の、神様のギフト・お年玉と考えて、来年に期待することにした。有り難や!有り難や!である。
posted by シャノン at 16:30| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月13日

忘却とは忘れ去ることなり

  何年か前には、CD-Rにデータなどを焼くことは屁の河童だった。ところが、今日、DVD-Rに動画やら、MP3等々のデータを焼こうとしたら、そのやり方が、忘却の彼方にあるのだった。

  いろいろマニュアルやら資料などを調べればよいのだろうが、面倒くさいというより、最早資料などは何処に在るのかも分からぬ。従って、試行錯誤でやるしかない。

  考えてみれば、試行錯誤しながら問題を解決するということは、楽しいことである。たとえ単にデータをCDやらDVDに焼くというような、単純なことでも、又一から探求するのは面白いのである。

  こんなところにも、加齢に伴う忘却作用の有難さがあるわけだ。特に、小説それも推理小説などを読んでいると、昔読んでしまっているにもかかわらず、まったく初めて接するかのようであるのも、又良きことかな、と感じる今日この頃である。歳をとることにも良いことがあるのだ。
posted by シャノン at 21:19| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | パソコン等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

タイトルの由来

  何故暗号亭日乗と名付けたかというと、昔々老生が若かった頃,シャノン先生の『情報理論』に関する論文を読んでいて、あわせて『秘匿系での通信理論』を精読し、心酔したからである。古典的な暗号に関しては興味があったので、随分と本を読んではいたが、それまで学問として暗号に取り組むということはなかった。

  その後情報理論関係を研究したが、私にとっては、シャノン先生は、勿論面識は無かったけれども、勝手に『恩師』と思ってきた。だから、時々ネットでのハンドルネームに、厚かましくも『シャノン』などと称していた時もあった。

  それでは余りにも厚かましいしいので、『暗号亭』と名付け、その日記ということで、そのようなタイトルとなったのである。私が在米中にはまだ先生はご存命だったが、お目にかかることはなかった。

  何故ならば、『心の恩師』というものは、軽々しくお目にかかったりをしてはならぬと信じているからだった。もう一人お目にかかりたかった人物がおられた。ボリス・ハーゲリン氏である。両先生とも既に物故して久しい。寂しいことである。
posted by シャノン at 17:38| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 暗号 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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